その時がきたようです

 

なんの話だ。

ああ、給付金ですね。

金がもらえるらしいですね。

Money。金、ねーか。

10万円。

 

ああ、これはもしかしてその時なんじゃないだろうか。

時が来てしまった。

 

で、なんの話かというとこれです。

info.shimamura.co.jp

 

ボーカルを録る。

いや、歌を録りたいと常々思っていたのですが、なにかにつけめんどくさがりなので、家で撮れないしまあいいやとずっと思っていたのですが、その時がきてしまったようです。

 

これはやれということでしょうね。

はい、やりますか。

来月でしたっけ。

だからまあ6月くらいからはじめようかな。

できればオリジナルを作りたいけど、カバーからやってもいいかも。

練習もかねて。

なんかギターの弾き語り的なのから+DTMでアレンジという形でやってみたいなと思っています。思い起こせば元々はアコギと歌から始めた私なので、初心にかえってみたい気もしないでもない。

楽器がどの程度弾けるかは体調次第ではあるけれど。

そこはあんまり問題じゃない。

やっぱりギターは録りたいけど。

歌。

それでアルバムとかリリースできたら、おお素晴らしい。

もうやりたいこともなくなってしまうか。成仏するしかないか。

いやジャズとかは永遠にやると思うけど。

まあ私がいくらやってもミシェル・ペトルチアーニやジョー・パスみたいに弾けるわけはないし、別に意味はないんですよね。意味っていうか、つまりSpotifyなんかで再生すればいつでも最高のものが聴けるわけで、それはすでに私たちの元にあるわけだし。いや音楽をやることに意味なんて必要ない。それはそう。ただそれはそれとして、言葉を伴う音楽というのは自分や誰かにとって何か特殊な力を持つことがあって、それはこのブログで訳詞をやっていても常々思うわけですが、3年くらいまえになんとなく興味本位で始めたボカロやDTM(は以前から多少やっていたが)を通じて自分もそういうものを作りたい気持ちがあったんだなと気づいたというか。だからまあ歌もいいんじゃないのかな。

以前にやろうとしたことがないわけじゃないけど、やっぱり声が出せないとめんどくさいし、作曲もよくわからないのですぐやめた記憶がある。

今なら何かしらはできるんじゃないの。

環境があれば。

それで案外やってみるとまた何かしら意味があるかもしれない。

カラオケは得意ですが。そんなんでいいのか。わからん。

いやボカロも作りますけどね。

いってて全然やってねえな。

そのうちまたやります。

今日はちょっと調子が悪くて死んでたんですが、だいぶよくなりました。

コロナは関係ない。

みなさまも体調にはくれぐれもお気をつけくださいませ。

ではでは。